感 想 野 郎 '98
 
rev.6.A  


 
栞と紙魚子の青い馬諸星大二郎
朝日ソノラマ
ISBN 4-88321-464-8 C0079 \1000E
1998.5.30.初版



Reference Links
諸星大二郎MLのページ
諸星大二郎な部屋
デイリープラネッツ
『栞と紙魚子の生首事件』
「栞と紙魚子」シリーズ第2巻。奇怪な人々と異常な事件が頻発する胃の頭町、栞と紙魚子が大活躍だ! というホラーのセルフパロディ的作品がこれ(怖くないぞ)

 感想……
 ヘンすぎです(笑)。ヘンすぎだろ?
 怪奇な事件に巻き込まれても、すっとぼけた味わいでかわして解決しちゃうのが楽しいというか愉快です。
 意図的な「外し」なんだけど、先鋭化したギャグなどではなく、諸星大二郎的センス(世界)のなかで笑いを取ろうとしているところがほのぼの笑えるんだと思えます。楽しんで描いているんだろうなあ、とも感じる。

 この巻もクトルーちゃん関連のネタが良い。クトルーちゃんの祖父母来襲の話「おじいちゃんと遊ぼう」(巨大なクトルー母が巨大な祭壇を作って召喚するのだ)、HPL似のホラー作家・段一知のサイン会開催と引き換えに栞と紙魚子がクトルーの子守りをする話「黄昏の胃之頭公園」(謎の生物ムルムルが楽しい。謎で)
 あと、家型の怪物が使い魔で泥棒をさせる「空き地の家」で、栞の家に忍び込み、引き出しを漁っているテディ・ベアがかわいいぞ! 栞に見つかって困ってる表情が絶品だ!

 ……まあ、なんというか、メインストリームな楽しさではないんだけど、楽しい一冊でした。うん。
1998.6.5.
grade [ B+ ]


 
アーステイルうしだゆうじ
ジャパンミックス
ISBN 4-88321-464-8 C0079 \1000E
1998.2.2.初版
 SFでラブコメ。不死身にして最強の体を持つ少女と、その幼なじみの少年の話。
 かつて月刊少年キャプテンに連載されたものだという。

 しかし……
 いくらなんでもこれは、退屈である。

 うしだゆうじの魅力っていうのは一種キッチュでパロディッシュでバカな(誉め言葉)ノリにあったと思う。「アンダー・ザ・ガンダム」でも「原子巨神 禅王」でもそうだった。表層的でドタバタなところが魅力だった。

 が。
「アーステイル」はどうにもぜんぜんダメダメである。退屈である。表層的でどたばたなノリ、という方向性に変わりはないが、キッチュと呼ぶにも浅すぎる。軽すぎるし浅すぎるし絵にもキャラクターにも魅力がないしメカもなし。「アーステイル」のプロト版という「ライジングアース」のほうはそこそこだけど、1000円+税を払って読むんならほかのを読もう、という完成度。

 個人的には魅力の薄い一冊だったといっておきます。
1998.6.5.
grade [ D ]


 
深夜プラス1ギャビン・ライアル
ハヤカワミステリ
ISBN 4-15-071051-1 C0197 P560E
1976.4.30.初版



Reference Links
深夜プラス1
Citroen Plus One
四月に読んだ本
KOL書評 深夜プラス1
 冒険アクションである。ガンファイトである。どんでん返しである。

「深夜プラス1」がメジャーな名作であるのは、私がこの本を(たぶん)火浦功の著作で見かけて購入した、というような点からも類推できることであるし、傍証としては新宿に「深夜+1」というバーがある、ということを挙げておけば充分。
 読んでみて……なるほど、名作なんだろう。

 命を狙われるオーストリアの実業家マガンハルト、美人で気高い秘書の英国人ヘレン・ジャーマン、元レジスタンスのビジネス・エージェント“カントン”ことルイス・ケイン、そしてアル中のガンマン、ハーヴェイ・ロヴェル。
 ルイス・ケインは十余年前、レジスタンスの“カントン”であったときのように、今もありたいと願う。だから、マガンハルトを守り、フランスの海岸からリヒテンシュタインまで送り届けようとする。襲撃者たちと戦いながら。時に銃を、時に機転をつかい。

 ストーリィは「A点からB点まで、依頼人を護送する」という一点。そこに事件は起こるが、一本道ではある。
 ただし、ディティールは豊饒だ。ヒトについてもモノについても。
 たとえば、ルイスが執拗にこだわる年代モノのモーゼル。重く扱いにくく、機能の点からいえば最新式の銃に劣る。けれど“カントン”はモーゼルに拘泥する。レジスタンスの時代にそうであったようにモーゼルを使うこと。それが彼の生き方だから。
 シトロエンDS(名車!)の描写や風景描写も巧みだし、一シーン一シーンの緊迫感も相応にある。読ませる、完成度の高い作品である。

 惜しむらくは、おそらく、私がこのタイプの小説にそれほどの愛情を感じていられないことだろう。読んでいる間は楽しんでいる。だが、それについて語りたくなったり、そういう作品を書きたくなったりはしない。……個人的問題ではあるが、『深夜プラス1』にはプラス1が足りない、というわけだ。

 でも、いい作品ではあります。翻訳も上質だしね。
1998.6.4.
grade [ B+ ]


 
内乱の予感島田雅彦
朝日新聞社
ISBN 4-02-257209-4 C0093 \1600E
1998.1.1.初版



Reference Links
島田雅彦内乱の予感
島田雅彦氏への発信基地
 島田雅彦、最近のヒット作である。といっても私にとってだが。どうもここ数年(読んでるかぎりでは)パッとしなかったので。

 うすぼんやりと平和の中に怠惰に暮らす日本。その日本を守るため、影の秘密結社・千年王国は存在する。雨野比呂志ことジャック・アマノは寿司屋稼業を営む一方、千年王国の殺し屋でもあった。千年王国女中の命を受け、ヒコクミンを消すのだ。
 ジャック・アマノに三年ぶりの「依頼」が下る。敵は伝田家麿。これまで千年王国のエージェント四人を消し、電網を利用し王国を嘲弄し挑発しているという。アマノは伝田家麿と関係があると見られた男女二人を殺害する。だが、それが冤罪であることが明らかになるにつれ、アマノは千年王国に疑念を持ちはじめる。

 千年王国というシステムは最後の最後まで明らかにされない。だがそれは強大な力を持ち、ヒコクミンを粛正しつづける。しかし、千年王国もまた、ヒコクミンを生みだし、見出しつづけなければならない存在だ。国家が揺らいでいるのは、ヒコクミンの影響ではない。むしろヒコクミンがいないからだ。

「千年王国は変わりゃしねえ。国家ってのはな、アマノ、狂ってるんだよ。国家の安泰のためには敵がいるんだ」(p233)

 クリシェ。しかし、陳腐化するほどの真実でもある。不可視の王国・千年王国は、日本人の無意識なのかもしれない。我々がこの現状を招いたのだし、日々の安寧の中で消極的にそれは肯定されてしまう。まどろむために敵を見つけよ!


 これは寓話である。
 けれど、これが真実であったところで、我々は驚かないだろう、そういう寓話でもある。
1998.6.3.
grade [ A- ]


 
はつ恋ツルゲーネフ
新潮社
1952.12.25.初版
1967.6.20.28刷改版



Reference Links
ツルゲーネフ『はつ恋』について
はつ恋
 1860年にロシアで書かれた、ある少年の初恋の数奇な運命を描いた短編、と書いておけばとりあえずひととおりの説明は済んだと思っていいだろう。
 さらに細部に触れるなら、16歳の少年ウラジミールが、隣の別荘に移ってきた没落貴族の令嬢・ジナイーダにいれあげ、やがて彼はジナイーダを取り巻く数人の男たちのサロンにくわわり、彼女との気まぐれな戯れに興じることとなるが、彼は、そんなある夜、ジナイーダのもとに彼の崇拝する父が忍びゆくのを目撃してしまうが――というところまで書けば相当に充分である。

 いわゆる古典的名作というものを私はあんまり読んでいなくて、たとえばこの「はつ恋」もそのひとつだった。そもそもツルゲーネフ自体よく読んでいない。
 古典的名作だからといって必ずしも面白いとは限らない。「はつ恋」は、情景描写にあるロシアなテンポや空気感には飽きずに読めるだけのエッセンスが詰まっていたが、人物の心情描写には特筆するほどの好感を抱かなかった。凡百の恋愛小説よりはるかに面白いが、また同時に先端の恋愛小説よりは幾分落ちる面白さでもある。現在の文章とどことなくちがう昭和27年の翻訳のよさ、というのも加味してよいかもしれないが。

 実際のところ、恋愛小説については「よかった」か「どうもなぁ」かの二語しか選択し得ないように思える。もっともこの「はつ恋」は恋愛小説というよりは初恋小説というべきで、というのは結局のところウラジミールの片恋で終わっているからだが、ともあれ、どちらかと問われれば「よかった」小説ではある。
 必読とは言いがたいが、この空気感も捨てがたい。趣味的な一作。
1998.6.1.
grade [ B ]


 
消えたマンガ家 3大泉実成
太田出版
ISBN 4-87233-360-8 C0095 \800E
1997.12.15.初版



Reference Links
内田善美 Fan Site
『消えたマンガ家 2』
 大泉実成クレジットの「消えたマンガ家」は、これが最終巻になるという。
 内容は、安部慎一・中本繁・竹内寛行・内田善美・高橋伸次・岡田史子らの追跡ルポ・インタビュー・公開書簡・等々で構成されている。
 前巻ほどの衝撃はなかった。というのは、ここで取り上げられているマンガ家もその作品にも、おそらくは静の性質が多いから、だろう。

 ここに名前の挙がっている作家の作品は私は知らない。内田善美の名前は近頃ウェブでよく見掛けるし推奨の声も(それなりに)多く聞くのだけれど、実際の作品にあたったことはないし、単行本を手に取ったことも、見かけたこともない。
 作家と私の接点がない。……そしてかれらとの接点を幻視させる熱量にも、やや欠ける。

 といってつまらなかったわけではない。それなりに面白く読んだ。ことに内田善美に宛てた書簡、という形式の「シ的内田善美論」というべき文章は面白かった。大泉実成の文章能力は冗長に流れる感もあるがやはり高い。読んでみたくなる。
 岡田史子ロングインタビューも興味深い。とくに、「私の場合は、マンガで問いかけてたことを神様に直接問いかければ良くなっちゃったから」という発言が。それは至極当然のことであるんだろう。宗教の「救済」機能っていうのはそういうことだから。
 しかし個人的にはやはり、宗教は敵と感じる。他者的に世界を見るか、自己的に世界を見るかで、クリエイターの格っていうのは決まると思うから。……「質」はともかくね。

 マンガを囲む状況やその伏流に興味がある人は、是非。
1998.6.1.
grade [ B ]