読書感想文 7月 その6
……ええい面倒だ。来月からと思ったが、ここから6冊1ページにしてしまうぞ。


「幸福の無数の断片」中沢新一
  河出書房河出文庫 ISBN4-309-40349-2 C0195 P640E

 断片。いろいろな場所に発表された短文を、一冊の本につなぎとめたのがこの本である。「眼のオペラ」「物質の抵抗」「文字の炎上」の三章に分けられている。「眼のオペラ」ではおもに映画について、「物質の抵抗」では美術について、「文字の炎上」では小説や文芸について語られている。
 やはり……というともう次の言葉か予測できるが、やはり「文字の炎上」がもっとも面白かった。たとえばサンケイ新聞に掲載された『超ひも理論入門』の書評は、科学の最先端と文学や芸術の最先端が平行進化しており、しかし相対性理論と量子論の作り出した「現代」という相の中で、それらが行き止まりにぶつかっている、という現在という時代の「気分」を良くあらわしている。しかし「超ひも理論」はそこから新たなる一歩を踏み出そうとしている、ということも、である。書評として、じつに有効だ。これを読んでスーパーストリングスや量子論を調べ直したくならなかったら、そっちの方がオカシイってなもんである。

 これは、そうだな、たとえば電車の中、プロバイダがビジー気味のときのウェブサーフィン、そういう時間のこまぎれに挿入するのに適切な一冊ではあるだろうさ。

1997.7.18
Grade [ B ]



「観用少女プランツ・ドール 1」川原由美子
  朝日ソノラマ 眠れぬ夜の奇妙な話コミックス ISBN4-257-90235-3 C0979 \757E

 所々で絶賛の声を見かけて、「それならば」と思い買ってみたシリーズ。それも一気に三冊。

 感想は、なるほど、面白かった。ただ、絶賛したい・できるというほどではない。観用少女が家にいたら幸せかもしれないと思うけれど……いや、面倒臭くなってしまうだろうか。
 私がこれに物語としての完成度を見つつそれほど没入していけないのは、たぶんここに出てくる観用少女が「好み」ではないという、それだけの理由によるんじゃないかなあと思う。ゴージャスなひらひらより、貧乏のあげく病死した青年に「みすぼらしい」服を着せられていたプランツの方が魅力的に思えてしまった、ということもあるし。

 まだ読んでいないのが二冊ある。楽しみに読めることは確かな作品ではある。

1997.7.17
Grade [ B ]



「名探偵コナン 15」青山剛昌
  小学館少年サンデーコミックス ISBN4-09-125045-9 C9979 \390E

「コナン」である。ストーリィの大きな流れはないが、個々の事件をその場その場において面白く描くことに成功している作品だといえる。図抜けているわけではないけどね。
「TWO-MIX」の話だけが唯一あまりにも無理があって笑ってしまうのだが(犯人が、歌詞の内容から犯行現場が予測されてしまうのではないか、と恐々とするほど偏執的な人間である、というように描かれていたなら話は別だが……)。

 そろそろもうちょっと、じわじわとでいいから「新一の体が幼児化した謎」に接近していって欲しいなあとは思うんだけれど、まあ、それなりに楽しめるシリーズではあるよ。うん。

1997.7.17
Grade [ B- ]



「屋上のキス」栗原まもる
  講談社KCデザート ISBN4-06-341001-3 C9979 \390E

 思わず表紙につられて買ってしまった一冊。いい絵です、表紙。

表題作「屋上のキス」
「別れる」のひとことから始まり回帰する、どうということのない恋愛路線ものではあるのだけれど、キャラクターがいい。ヒロインの和(なごみ)がよい。しかめっ面をしている場面が多くて、そのしかめっ面をしたくなる心境、苛立ちが分かるからよい。麦島君はちょっと印象が薄くて、というかキャラクターとしての造形が表層にとどまっていて、どうかなあと思うけれど。
 とはいえ、まあ、和の「男嫌い」も、深部まで描かれきっているわけでもない。だからキスされたり胸をさわられたりということが「気持ち悪い」のがいまひとつ引き立たない。残念な点だと思う。

併録「葉かげでお昼寝」
 ページ的にはこっちの方がメインといっていい分量がある(全体の7割ちかくある)。内容は……ううーん、絵が、古い(笑)。「屋上のキス」とは似ても似つきゃしないったらない、というくらい違う。今の絵の方が線が太いし、画面構成も好きなんだけどなあ。話自体は、三人兄弟の真ん中の兄が死んでしまって、上の歳の離れた兄とは齟齬を感じている中学生の女の子が主人公の、ほんのりしたブラコン話である。いわゆる「少女マンガ」のスタンダードな出来で、悪くもないが、とりたて目立つところもない。べつに私が買いたいような話では(絵でも)なかったです。残念。

「屋上のキス」にはけっこう好感できた一冊でした、とだけいってみよう。

1997.7.16
Grade [ B- ]



「氷の城の乙女〔下〕」フィリス・アイゼンシュタイン  翻訳・井辻朱美
  早川書房ハヤカワ文庫FT ISBN4-15-020226-5 C0197 \640E

 うーん……じつにファンタジーじみた結末である。クレイがアライザへの愛に気付き、そして行動を起こし、悪の魔法使いは成敗され、失われていた魂は乙女の胸に宿り、二人は手に手を取り合うのであった。

 ……よどまなく読めたのは井辻朱美の功績によるところが大きいけれど、しかし、うーん、構造的な部分では感心しがたい。「魂」なるものの抜け落ちたアライザがクレイに「わたしはこのままで満足している。ほっておいてくれ」というコトバの方が、「君を助けたいんだ」などと抜かすクレイよりも、よほど切実に見えた。やはり「そなたは美しい」を言わなかったのが敗因ですね。アライザの言葉が重いのに、クレイの言葉がいまいちぺらいのは、彼の思考の基盤が現代的な「善」の価値観にあるからだ(偽善的といってもいい)。騎士が姫ぎみに対していう言葉は「美しいから助け出したい」で良いのですよ。

 正直「妖魔の騎士」にくらべると落ちてしまう……というくらい「妖魔の騎士」は絶大な自信を持って推薦したい一冊であるのだ、などと書いて終わってみる(あれ?)。

1997.7.16
Grade [ B ]



「氷の城の乙女〔上〕」フィリス・アイゼンシュタイン  翻訳・井辻朱美
  早川書房ハヤカワ文庫FT ISBN4-15-020225-7 C0197 \680E

 超がつくほど待望の「妖魔の騎士」の続編である。予想にたがわず面白いし、翻訳もさすがに良質である。
 以下に物語の紹介をするので、記憶をクリーンな状態にキープしておきたいという方はご注意。

 見者フェルダー・セプウィンの創造した、人の本当に望むものを映すという「鏡」に少女を見たクレイ。年に数度、「鏡」をとおして彼女を見守ってきたクレイは、少女が麗しい乙女に成長した頃、その胸に妖魔を支配する宝石のペンダントが下がっているのを見る。友人の炎の妖魔ギルドラムがその持ち主をついに突き止め、クレイは彼女のもとに「友人」の――奴隷ではない――妖魔とともに、炎と風と氷の妖魔界をとおって参じる。彼女は、氷の妖魔を使役する、若い、まだ修行中の魔法使いであった。
 名はアライザ。幼少時より祖父に氷の城から出ることを禁じられ、魔術の修練にのみ携わってきた彼女の心は、人間や外界についての関心をほとんど失っていた。しかし、クレイはくじけることなく彼女を「外の世界」へといざなう。数度の訪問ののち、彼は友人としてアライザを風と、氷の妖魔界への小旅行に連れ出す。ふたつの世界の様相と、「奴隷」にされていない自由な妖魔たちの姿は、アライザにとって新鮮な驚愕の体験であった。しかし、彼女の「師」である祖父エヴランドは、アライザがクレイと連れ立って出かけることを「修行の妨げ」として禁ずるのだが――

 印象的なのはアライザのかたくなさと、それ以上に積極的で、「彼女を友人や外界の楽しさから隔離してはおけない」という使命感をもったクレイの姿である。とりわけ、ひたむきという以上、「おせっかい」のレベルまで達したクレイの姿は印象深い……というか、納得が行かん。「同情」だなんて言わず、「そなたは美しい」と素直に言えばよいのに、ということ。

 ともあれ、良質なファンタジーであることは確かだ。表紙がちゃんとめるへんめーかーなのも嬉しい(『妖魔の騎士』のギルドラム少女バージョンが質素にして可憐で、私はかなり気に入っている)。『妖魔の騎士』ともどもおすすめできる、と思うのだ(というのが上巻読了時点の感想である)。

1997.7.16
Grade [ B+ ]