そしてわたしが話す番になった。「だが、ほんとうのところ、その一切の原因は『カール・マルクス』本人にあった。
何故なら、もうずっと以前から『 』(*1)はいたるところに存在していたからである。
右目を瞑れば、残った左目に『 』(*2)は映った。
左目を瞑れば、残った右目に『 』(*3)は映った。
両方とも瞑れば、ちょうど『ウルトラマン』が一九七三年一月二日以来毎晩、ただ一晩の例外さえなくジャンプするカンガルーの夢にうなされつづけたように、『 』(*4)の夢に悩まされねばならなかった。
そいつは、その煮ても焼いても食えない代物である『 』(*5)は、現実が存在しなくとも、資本論が存在しなくとも、金子光晴が1ダースも集団で現れようとも、機械仕掛けのプロレスラーがリングの上で水死しようとも、その度に『カール・マルクス』たちが度肝を抜かれ死ぬほど驚かされ恐怖のあまり右往左往しあげくの果てに正面衝突し口から泡を吹いてぶったおれるというのに、へいちゃらで存在することができたのである。
『 』(*6)が消滅する兆しはどこにもなかった。
『カール・マルクス』たちは死にかけており、どこからも助けがやってくる気配はなかった。
『おれは死ぬまで退屈しつづけるだろう』と『カール・マルクス』は考えざるを得なかった。
つまり一切は元に戻ってしまったのだ。『 』(*7)だけが残ったのである」「虹の彼方に(オーヴァー・ザ・レインボウ)」(高橋源一郎)