2010年03月03日
『ヒメアノ〜ル 5』(古谷 実)
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安藤さんと涼子さんが一段落(ストーカー含む)。たまたま森田を発見した漫画家による、岡田君・ユカちゃんへの警告、そして通報。森田の潜む豪邸に、ついにやってくる警官……
やっと「決定的」展開に移るのか。
それぞればらばらに進んでいるように見える小さな物語が、森田という「悪意」によってどのように結びつけられるのか、そこが気になる。
単行本で読むより週刊誌で読む方がスリリングかもなぁ。これは。
B
2010年03月01日
『ボクは坊さん。』(白川密成)
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住職だった祖父の死によって、24歳で突然僧侶になった著者が、宗教や仏教について、肩肘はらずに考えて書いた一冊。もとは「ほぼ日刊イトイ新聞」に連載されていたもの。
読みやすく、心にすとんと落ちる中身と思う。(それはもともと仏教の持っている力なんだろうけれども)
いくつか。
僕が思うに、新しいことを始めようとする時には、戸惑っている相手に同じテンションを求めたり、消極的なことを怒らないほうがいい。むしろまだ多くの人が気づいていないことに、わくわくしたほうがずっと建設的だし、精神衛生上すこやかだと思う。古い仏の教えの中には「論争」を禁じたものが幾つかあり、印象的に胸にとどまることがある。
「これらの論争が個々の修行者の間に起こると、これらの人々には得意と失意とがある。ひとはこれを見て論争をやめるべきである。称賛を得ること意外には他に、なんの役にも立たないからである」(『スッタニパータ』八二八)
「(特殊な)偏見を固執して論争し、“これのみが真理である”と言う人々がいるならば、汝はかれらに言え、──“論争が起こっても、汝と対論する者はここにいない”と」(『スッタニパータ』八三二)
スパッとした言い方が、格好いい……。でも僕は討論が嫌いな方ではないので、こんな言葉をすこし不思議な気持ちで思い浮かべることがあった。歴史的に見ても、仏教思想を練り上げていくために問答や論争は有効に用いられてきたような印象もある。ブッダはなにを伝えたかったのだろうか?
「勝利からは怨みが起こる。敗れた人は苦しんで臥す。勝敗を捨てて、やすらぎに帰した人は、安らかに臥す」(『ダンマパダ』−法句経−二〇一)
「そんな時代じゃない」と、こんな言葉を一笑に付すことだってできるだろう。そして意味があり楽しみのある「勝負」だってあるにちがいない。でもこの言葉の中にあるなにかが、しっかりと僕の心の部分を震わせる。じっくり味わいたい教えだと思う。(p93-94)
宗教が関係した大きな事件などが発生すると、
「彼らは、妄信的に“教祖様”や“教え”を崇拝するだけで、自らが考え、自分の意志で行動することができなくなってしまっていた」
というようなコメントがさまざまなメディアで繰り返し流れる。それは、宗教を仕事にする僕にとっては、とても注意深く考えるべきテーマであるけれど、「自分」というものを過信しすぎて、いわば「自分教」の教祖兼信者のような状態になってしまうことも、宗教に対して妄信的なことと同じぐらい、危険なことだと思うのだ。そして、そういう状態にある人が、もしかしたら増えてきているのかもしれない、と感じることがある。それを周囲が煽っているような雰囲気さえある。「自分」は時に厄介で、恐ろしい。
「自分」を「自分だけで」決定しコントロールするべき部分が多いことは、ちょっと考える以上に、とても大きな難しさを含んでいるように思う。そして、今までの歴史から考えると、ここまで大きな自己決定の権利を一般の生活者が与えられていた時代は、なかったように想像する。それを僕は、もちろん「いいこと」だと思う。江戸時代よりも平安時代よりも「今」の時代に生まれてラッキーだと。
しかし、その「自己決定」や本当の意味での「自由」の難しさを、もっと真剣に考える時期がきているように感じるのだ。僕はそこに宗教の可能性を見出したい。
「宗教」や「信仰」は、多くの人が共通してもっている普遍性を、壁に頭を打ちつけたり、戻ったりしながら、繰り返し考えてきた。そこにあるものが、一〇〇パーセントピュアな間違いがないものだとは思わないけれど、「自分」だけで考えることとは、あきらかにタイプの違う、多層的な思考や存在がそこにはある。だからこそ、そこには自分が考えるためのヒントがあると感じる。(p148-149)
これは、ここ数年、私がずうっと考えていることでもある。
事件は起こさなかったけれど、とある友人が「自分」に自家中毒症を起こしたことがあって、体感のレベルで解毒可能なものはなんだろうか、と思ったときにあったのが(たまたま)仏教だった。「野狐禅」という言葉もあるけれど、「自分」で考え決定できるものなんて大したものではないし、ややもするとあさっての方向にすっ飛んでいきやすいものである、と思う。数千年の単位で人から人へと「教え」をつないで、その内容を磨いてきたのが伝統宗教なのだから、「自分」に迷ったら、そこを覗いてみることで見えるものもあるんじゃなかろうか。
(こういうことは、徹底した自己決定論者だった昔の私にはあんまり実感を伴って感じられなかった部分でもある)
良書だと思います。
読み物としてもふつうに面白いので(コピーライターの学校に通っただけある!)、その点でもおすすめ。
A-
2010年02月28日
『ココ・アヴァン・シャネル(上下巻)』(エドモンド・シャルル・ルー)
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映画を観て、興味を持って買っておいたもの。
ココ・シャネルの謎に包まれた──その理由は、繰り返し著者によって語られているように、シャネル自身が「過去を消そうとして嘘をついた」からだけれど──人生を語る。十六年にも及ぶ取材によって、彼女の過去、父母と兄弟姉妹、ファッションデザイナーとしての成功の軌跡と、その交友関係、そして恋愛関係について、詳細に語られている。
映画はこの本の上巻まで、ココ・シャネルが「ボーイ」を失うところまでをほぼ忠実に、丁寧に映像化している。映画を楽しめた人は、読んでいろいろな場面の映像が浮かんでくるかもしれない。
「ボーイ」死後のココ・シャネルの活躍、また恋愛は、予備知識が全くなかっただけに非常に面白く読めた。
(ナチスの情報将校シェレンベルクとの関係には驚かされた。どこまでが真実か分からないにしても)
良作と思います。興味ある人はぜひ。
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