2009年04月17日
『地球はグラスのふちを回る』(開高 健)
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中国の五ツ星のブランデー、ウィーンの森の居酒屋村の白ぶどう酒、ヴェルレーヌを施療病院で野垂れ死にさせたアブサン、サイゴンの米兵用酒場の暗闇で飲んだビール、等々についてのエッセイ集。
読んで、やけに腹の減る一冊。
開高健の表現力というものを存分に思い知る。
ブリュッセルのはずれ、『ラ・ロレーヌ』というレストランのチョコレートについての一節。
しかし、さいごにデザートとして、あとでこの店の十八番だと教えられたが、《ダーム・ブランシュ》(白い貴婦人)といってアイスクリームに熱いときたてのチョコレートをかけたのがでた。それをスプーンでなにげなく一口しゃくってみて、ほとんど“驚愕”と書きたくなるショックをおぼえた。
思わず
「……?……!」
顔をあげると、大兄も
「…………!」
黙って目を丸くしていた。
諸兄姉よ。
ほんとのチョコレートは子供の菓子ではないんだ。それは成熟した年齢の、厚い胸をした、辛酸をくぐりぬけてきた大の男のためのものなんだ。お菓子というよりは最高の料理の一つなんだ。板チョコだの、インスタント・ココアだの、ウィスキー・ボンボンだの、チョコレート・キャンディーなどと申すものは、どんなに苦心してつくったところで、これにくらべると、美女とその骸骨ぐらいの相違がある。それはホロにがく、気品が高く、奥深さに底知れないところがある。最高のスープを作るよりも材料の選択と手間に注意や精力がそそがれ、その労苦がことごとく香りや味や舌ざわりのそこかしこにあらわれているのだ。さよう。それはプロ中のプロが精魂こめてつくるカカオ豆のスープなのだ。そしてスープほどむつかしい料理はないのである。(p261-262)
嘆息。
また、ニューヨーク、ブルー・クラブについての一節。
この近海に棲むブルー・クラブというカニは日本のガザミそっくりのカニで、一人前のは殻が固くて、トゲトゲしていて、つまりカニそのものである。ところが七月と八月にこのカニの若いのがいっせいに脱皮する。その脱皮したばかりのをソフト・シェル・クラブと呼ぶのだそうであるが、これはハサミも、爪も、足も、甲羅も、すべてが薄皮一枚のくにゃくにゃである。魚市場へいくとこのくにゃくにゃがもぞもぞムグムグと生きてうごきまわっている。これをどっさり買ってきて、柔道六段氏の親友の袖山さんという人の奥さんに純日本風に蒸してもらい、純日本風の三杯酢、ポン酢をたらしてほおばったら、眼鏡が落ちてしまったのだ。海の果汁そのものである。カキとはちがう果汁そのものなのだ。熱くて、香ばしくて、カニを食べてるのにひっかかるものも刺すものもなく、ツルツルと消えて、口には何ものこらない。あまりのことにしばらく阿呆みたいに口をあいたきりであった。海の魔法だよ、これは。(p313)
またしても、嘆息。
食の楽しみを知る人には、読まれてしかるべき一冊。
A-
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