2005年06月03日

ブログは終わった!(らしい)

ブログの「終わり」と「始まり」 - nikkeibp.jp - from ガ島通信 メディア崩壊の現場を歩く
2ちゃんねるの「終わり」とブログの今後 - nikkeibp.jp - from ガ島通信 メディア崩壊の現場を歩く

きっと、インターネットはからっぽの洞窟だって次には言い出すと思う!!!!1

インターネットはからっぽの洞窟
クリフォード ストール Clifford Stoll 倉骨 彰
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(『インターネットはからっぽの洞窟』クリフォード・ストール、日本版は97年刊行、原著は95年刊行w)

個人的にはここらへんな感じではあるが。
Hardcoded: ネット回りの終末論を語りたがる人たち

まあ、それはさておき、というかちゃんと語ってみると、扇情的な物言いをしているけど要するに「もちろん、ブログが本当に終わったのではありません。黎明期が終わり、ユーザーが飛躍的に増え、誰でもブログを知っている普及期が始まろうとしているという意味です」ってことでブログがコモディティ化しつつあるよねということなんだが、その途上にある問題としてこういうことが指摘されてたりする。

現実もサイバーも被害者にとっては同じようなものですが、サイバーではより簡単に誰もが愉快犯になれます。そして、情報の伝達速度が速く、瞬時に被害が拡大します。愉快犯と被害者の間にコストの不均衡が起きているのが問題なのです。

現状のままでは、ブログのコメント欄への無責任な書き込みは、ブログ人口の増加とともに増え続けていく可能性が高いのではないでしょうか。管理人は、コメントの削除、コメント欄のID化などで対応するでしょうが、やがて追いつかなくなるでしょう。今のところコメント欄だけですが、トラックバック(TB)での「炎上」もあるかもしれません(TBができるのはブログを持っている人のみなので、リアルに結びつく可能性が高く、炎上防止に役立っていますが、簡単にブログを開設できるサイトもあるので効果は限定的だと思う)。


これ、なんというか、「多くのブログはコメント欄に無責任な書き込みがされて困っている」ということを前提にしすぎだよな。おれが見て回ってるところは、ほとんどのブログで「無責任な書き込みが山盛り」にはなってないわけで。

むしろ必要なのは、「コメント欄に無責任な書き込みが多発するブログには、そうでないブログと比べて、なにか欠落/問題があるのではないか」という視点じゃないのかのー。ぶっちゃけ「香ばしい」とか。そういう。
(あと、TypeKeyなりでシステム的に対処できるだろうに、それをせずに「文化」の問題にしてしまって逆にリテラシーの低さを露呈するのはもくれんタンと同じな希ガス)

まあたぶん、それを指摘してしまうのは、(ちょっと前段に戻るけど)

今後、ブログが定着し、社会の中での存在感を増していくのかどうかは、リアルなコミュニケーション・ツールとしてブログが成長するかどうかにかかっていると考えています。
ブロガーとなって人的なネットワークは格段に広がりました。職業や年齢も幅広い、さまざまな人と距離を越えて「つながって」います。
(中略)
ベテランのネットワーカーに会うと「ニフティ時代はね、良質なコミュニティがあったね」「2ちゃんの最初(中期とする人もいる)のころはさー」などという思い出話を聞かされます。

話の展開は、
・サイバーなコミュニティで、言葉遊びや知の共有を行っていた
       ↓
・メジャー化して「分かっていない」人たちが押し寄せてくる
       ↓
・コミュニティが崩壊(場が荒れる)
       ↓
・抜け殻に。そして「昔は良かった…」
となります。

さまざまなサイバーコミュニケーションの「場」がこのような変遷をたどってきたのでしょう。ブログも同様です。
(中略)
初期ブログ界は、サロン的な雰囲気で行われている仮面舞踏会のようなものです。仮面をつけて別のペルソナで楽しいひと時をすごす「場」です。仮面は、真の匿名ではありません(なので、実名であってもそう変わらない)。ブロガーはダンスをする参加者、コメント欄への書き込みは見物人です。見物人は「ダンス(文章)が下手だ」などと注文をつけますが、楽しい雰囲気を維持するためのギリギリのラインは認識しています。しかし、舞踏会の面白さが徐々に知れ渡り、参加者が増えてくると「お約束」が共有されなくなっていきます。
新しくやってきた人は、「仮面をつけていること」が普通であると認識します。「正体が分からないのだから、面白ければ何をやってもいい」と、参加者同士の非難(炎上)や素顔暴き(晒し)が行われ、だんだんと場が荒れていきます。「要は面白ければいいのだ!」と。


というような、おそらく記者本人(ならびに同じセグメントにいる人々)の体験しただろうことを過度に一般化しているからなんだろうと思うのだけどな。

「新しい何か」がメジャー化するところで平均的なリテラシーが下がる、ということが起こるのは世の必然と思うけど、そこで「場が荒れる」のは必然ではないように思う。それは質の低下が(おそらく、通常より)急峻に起こったためで、その急峻さには原因があるはずだろう。

どーなんだろうか。

……というのをmixiに上げといたのだけれど、いちおうこっちにもあげてTBしておこうと思います。

天漢日乗: あの頃のネットワーカー達は今どこに?
BBSの「荒らし」については元記事にTBされてたこちらのエントリが参考になるかと。

投稿者 Masatoku : 2005年06月03日 15:07 このエントリーを含むはてなブックマーク

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